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上原美優と父の電話での会話

「亡くなる前日(5月11日)の午前11時45分ころ
電話がありました。

“種子島に帰りたい”とか“お母さんのところに行きたい”とか
いうことをいって…。

ず~っと泣くもんだから、
これはなんかあるなっと思ってね。

いままででいちばんひどく泣いていた。

それでなんとかなだめてね。

したら“種子島で生活する”っていい出したから、

ぼくは“それじゃ明日、東京まで迎えに行く”と
いったの。

それで“また夜にでも話し合おうね”と
いって一度電話を切りました」



「いつでも電話に出られるように、
ケータイを腰付けにしてたのよ。

畑から帰ってから何度か電話したんだけど、
出なかったので留守電残してたら、
午後10時過ぎに電話がかかってきて、
今度は朝と違ってものすごく朗らかな声で
“お父さん迎えに来んでいいから。

とにかく元気でいるよ。仕事にも行くから”というんで、
ぼくも安心して“ゆっくりとお休み”と
いって電話を切ったんです」(久男さん)



上原美優さんのブログには恋をするとハアという
ため息が出ると書かれていましたが、
自分のことは後回しにして相手のことばかり考える
=誰かに依存する傾向にあったということが
表れている部分でしょうかね。

こういうところからしても感受性が強い、
繊細と言われるところだったのかもしれません。

自分よりも相手が生活の中心になるような、
割合が高くなる分、何か関係が悪化すると
絶望的な気分になったのかもしれませんね。

その後物事自体は忘れてもその時の気分や感覚
というのは残ったままだったかもしれませんし、
そういう悲しみが積み重なっていったのか。

当時交際していた恋人とはあまりうまくいって
いかなったという話もありますし。

事務所の人も上原美優さんに対応するのは
それなりに苦労したとも言われていたので、
男性もなかなかうまく付き合えない状況だったの
かもしれません。

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